戦後憲法学の源流に位置するのが、改めて指摘するまでもなく、
宮澤俊義氏だ。同氏の恩師は「天皇機関説」を唱えた美濃部達吉博士。
その美濃部博士の「象徴天皇」論を紹介する。
「新憲法に於(お)ける天皇の国法上の地位に付いては、
憲法(1条)には、『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の
象徴であつて、この地位は、主権の存する国民の総意に基く』と
曰(い)つて居る。…『象徴』といふ語が法律語として用ゐられたのは我が国では
嘗(かつ)て例を見ない所であるが、殊(こと)に之(これ)を
以(もっ)て皇帝又(また)は国王の地位を示す語として用ゐて
居るのは、諸国の憲法に於いても殆(ほとん)ど其(そ)の例を
見ない所であるが、唯(ただ)英国で1931年に各自治領代表者の
会合の結果制定せられた法律(Westminster Act)の前文には
英国国王を世界に散在する英国の全版図(はんと)の統一の
シンボルであると言明して居る例が有(あ)る。我が憲法に於いて天皇が日本の国家及(およ)び
国民統合の象徴であると曰つて居るのも、略(ほぼ)之と
趣意を同じうするもので、『象徴』とは他の語で言へば
『形体的と表現』とも謂(い)ひ得(う)べく、天皇の御一身が
国家の現れであり、国民の全体が一体として結合して居る姿である
といふ趣意を示すものである。国家は勿論思想上の無形の存在であり、
国民の統合と言つても唯思想上に国民の全体を統合せられたものとして
思考するといふに止(とど)まるのであるが、斯(か)かる思想上の
無形の存在を形体的に表現したものは即(すなわ)ち天皇の御一身で、
国民は天皇を国家の姿として国民統合の現れとして仰ぎ見るべきことが
要求せらるるのである。それは単に倫理的感情的の要求たるに止まるものではなく、
憲法の正文を以て定められて居るのであるから、
必然に法律的観念たるもので、即ち国民は法律上に天皇の御一身に対し
国家及び国民統合の現れとして尊崇すべき義務を負ふのである。国家の尊厳が天皇の御一身に依(よ)り表現せられ、
国民は何人(なんびと)も其の尊厳を冒涜すべからざる
義務を負ふのである」
(『日本国憲法原論』昭和27年)昭和天皇も上皇陛下も、
憲法に定める「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」たるに相応しく
振る舞うべき憲法上の「義務」を深く自覚され、長年に亘(わた)り、
そのようにあるべく全身全霊で努めて来られた。又、今上陛下も同様にご努力下さっている事実は、
改めて申す迄もあるまい。しかし、国民はあたかもそれを当然のことのように受け止める一方、
美濃部博士がここで述べておられる国民の側の「義務」については、
十分に自覚して来なかったのが実情ではあるまいか。【高森明勅公式サイト】
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